研究の概要 Current projects

メダカヒゲブトハネカクシ
メダカヒゲブトハネカクシ

 

 

ハネカクシ科は短い前翅の下に長い後翅が複数回折り畳まれて収納され,結果的に腹部が露出するという独特な形態的特徴をもつ種が多いことから,「翅隠(はねかく)し」という特異な和名が付けられた分類群です.本科はこのような変わった特徴を備えていますが,カブトムシやカミキリムシなどと同様に甲虫の仲間に属しています.

 

この一群は極寒の極地方から熱帯地帯に至るまで,世界中からこれまでに5万8000種弱が知られる動物界最大で非常に多様な科として知られています.その多様性は食性だけでも幅広く,食植性,食腐性,食肉性,さらには他の動物に共生あるいは寄生する種まで認められ,分布域も垂直的には海岸から高山帯に至るまで極めて幅広いことが判明しています(柴田・渡辺, 1985).私はこのハネカクシ類を主な研究対象として以下のような研究を行っています.研究内容は,分類,生態や分子系統など,多岐に亘りますが, 主に分類と系統に関する研究を専門にしています.

 

〈研究 1〉ハネカクシ科シリホソハネカクシ亜科群の高次系統分類

キーワード:系統分類学,シリホソハネカクシ亜科Tachyporinae,分類体系, 分子系統樹, 形態評価

 

私が博士課程で行う主要研究になります.シリホソハネカクシ亜科群を構成する主要な亜科であるシリホソハネカクシ亜科は亜科としての単系統性が確立されておらず,その再検討が主な課題です.最終的には高次分類体系仮説の提唱を行いたいと考えています.

 

〈研究2〉ヒゲブトハネカクシ亜科に関する分類学的研究

1-1. 日本産ヒゲブトハネカクシ属の分類学的研究

キノカワヒゲブトハネカクシ
キノカワヒゲブトハネカクシ

キーワード:分類学,ヒゲブトハネカクシ属Aleochara,捕食寄生,研究基盤の構築,甲虫,生物的防除

 

私が主要な研究テーマとして修士課程で行っていた研究になります.ヒゲブトハネカクシ属Aleocharaは汎世界的に分布しており,これまでに世界から約450種が記載されている分類群です(山本,2010b).本属の成虫はハエの幼虫を専門に捕食し,幼虫はハエの囲蛹に捕食寄生することが知られており(Maus et al, 2001),野外におけるハエ類の個体数調節や伝染病を予防する観点から見ても重要な存在であるものと考えられます.日本からは25種もの記録が知られていますが,その分類の困難さから,我々が研究を始める以前には日本における包括的な分類学的検討が行われたことはありませんでした.本属はヒゲブトハネカクシ亜科としては大形で目立つ種を多く含むため,動物相調査等で分類学的解明の要望の多い分類群です.にもかかわらず,今のところ普通種の同定さえままならない状況にあり,早急な分類学的研究が望まれています.

 

以上のような背景のもと,私は丸山宗利博士(九州大学総合研究博物館)と共に,日本産本属の研究基盤整備を目的として,分類学的研究に取り組んでいます.とはいえ,本属には汎世界分布種や類似種が多いため,種の同定の確実なものは少ないのが現状です.今後,タイプを含む既知種の標本(全北区,東洋区)との比較を行い,慎重に分類を進めていくつもりです.

 

海浜性ヒゲブトハネカクシ属,Emplenota亜属およびTriochara亜属の分類学的研究

ニセツヤケシヒゲブトハネカクシ
ニセツヤケシヒゲブトハネカクシ

キーワード:分類学的再検討,同定法の確立,ヒゲブトハネカクシ属Aleochara,海岸性種,生物地理学

 

ヒゲブトハネカクシ属Aleocharaに属し,海浜性という特異な特徴を持つEmplenota亜属およびTriochara亜属の分類学的研究を行っています.これまで,本邦からは本属の中でEmplenota亜属には2種,Triochara亜属には3種が知られていましたが,我々の手元に集積された全国各地の標本を用いた詳細な検討を行った結果,新種を含む予想以上に多様な種が生息していることが判明しました(Yamamoto & Maruyama, 2012).

 

近年,日本では急速に海浜環境が失われつつあり,早急な海浜性昆虫相の解明が期待されているおり,この要求に応答する目的の他,分り易い同定法の確立,日本における両亜属の全貌を把握することなども目的としています.また, 修士課程では, 形態評価に基づく系統樹作成も現在進行形で行なっています. 

 

Coprochara亜属およびAleochara亜属の分類学的研究

フタモンヒゲブトハネカクシ
フタモンヒゲブトハネカクシ

キーワード:分類学的再検討,同定法の確立,ファウナ解明,生物地理学

 

Coprochara亜属は国内から3種が知られているのみの小さな亜属ですが,類似種の存在などが原因となり,日本における本亜属の記録は必ずしも正確とは限りません.他方のAleochara亜属にはヒゲブトハネカクシ属の中でも特に大型の種が多く含まれますが,その情報集積は遅々として進んでいません.

 

本研究では,応用研究の土台となる基礎的な基盤の構築,すなわち「日本には何種がどのように分布しているのか?」という核心的な問題に迫ることを目的としています.我々は日本産両亜属を整理し,論文として成果を発表すべく,準備を地道に進めています(Yamamoto & Maruyama, 2013).

 

1-2. その他の分類群に関する分類学的研究(Tetrasticta属, Geostiba属など)

主に日本産種に関する分類学的研究を行なっています.

 

 

〈サイドワーク 1〉鹿糞に来集するハネカクシ科甲虫の群集生態学的研究

エゾシカ (北海道知床)
エゾシカ (北海道知床)

キーワード:糞の消失,ニホンジカ,ハネカクシ,季節的出現消長,糞食性甲虫類の多様性

 

近年,全国各地の森林や里山などで,個体密度が過度に増加したニホンジカによる農林業被害や自然植生の破壊などの事例が多数報告されています.適正なシカの個体数管理を行うためにはシカ個体数を正確に把握する必要があり,シカ糞粒数からシカの生息密度を推定する粉粒法と呼ばれる方法が日本では多用されています.しかし,この糞粒法は糞の消失率が一定であることを前提としており,実際に生じている季節変化による減少率の変動を考慮しておらず,結果的に推定式の条件を満たしていません(池田ら,2002).ところが,糞の減少率や糞の分解消失を及ぼす要因に関する研究は少なく,奈良公園などのシカ密度が高い地域以外における研究としては,コガネムシ科糞虫がシカ糞減少に及ぼす研究などがわずかに行われているに過ぎません(池田ら,2002).

 

本研究では,シカ糞の減少率にハネカクシ科甲虫がどのような影響を与えるのかを調査し,この分類群がシカ糞の分解に果たす役割について考察することで,より精度の高いシカ生息密度推定式の作成といった応用研究の基礎となる研究成果を生み出すことを目的としています.

 

また,哺乳類の糞に集まるハネカクシの種構成がアジアで調べられた例は極めて少なく,本研究により,糞と関わりのあるハネカクシ群集に関する新知見がもたらされることも期待されます.

 

研究成果の一部は既に出版されました!(Yamamoto et al., 2013).

 

〈サイドワーク 2〉外来昆虫および昆虫の移動について

船上で採取されたイエシロアリ
船上で採取されたイエシロアリ

キーワード:分布拡散,非意図的導入,保全,侵入経路,特定外来生物

 

交通機関の発達や物流のグローバル化の進展に伴い,海外に生息する種が日本国内に持ち込まれる機会が増加しています.これらの中には分布拡散能力が高い種や有害な種も数多く含まれており,全国各地で農畜産物の被害や自然生態系の撹乱などの影響が報告されています.

 

昆虫類も例外ではなく,ペット(クワガタムシなど),花粉媒介者(セイヨウオオマルハナバチなど)などとして大量に輸入されている他,この他にも非意図的に移入された昆虫類が日本国内で多く発見されています.

 

外来昆虫の分布状況を把握することは,日本で潜在的に起こりうる様々な被害を予防することに繋がるうえに,一度分布拡散してしまった種を防除する際の資料として大変重要です.私はサイドワークとして外来昆虫の分布解明に取り組んでおり,その侵入経路についても考察を加え,成果を随時発表しています.


これまでに発表した外来昆虫や昆虫の移動に関する研究は以下の通りです.論文の詳細については「業績目録その2をご覧ください.

 

サイドワーク2に関する発表

シバオサゾウムシ(西表島産)
シバオサゾウムシ(西表島産)

外来昆虫に関する発表


・アカカミアリSolenopsis geminata (Fabricius)

  山本・細石(2010)を参照.特定外来生物.

・シバオサゾウムシSphenophorus venatus vestitus Chittenden

  山本・伊藤(2009)を参照.

・オオタコゾウムシHypera punctata (Fabricius)

  山本(2009a)を参照.


 

昆虫の移動に関する発表


・イエシロアリCoptotermes formosanus Shiraki

  山本(2010a)を参照.

・ハイイロゲンゴロウEretes griseus (Fabricius)

  山本(2009b)を参照.

 

引用文献

*[]内は山本が適当な邦題や論文内容を記した.

Grebennikov V. V. & Newton A. F., 2009. Good-bye Scydmaenidae, or why the ant-like stone beetles should become megadiverse Staphylinidae sensu latissimo (Coleoptera). European Journal of Entomology, (106): 275-301. [コケムシ科をハネカクシ科の一亜科に降格する処置を施した論文]

 

池田浩一・野田 亮・大長光 純, 2002. シカ糞の消失と糞の分解消失に及ぼす糞虫の影響. 日本林

学会誌, 84(4): 255-261.

 

Maus, C., K. Peschke, & S. Dobler, 2001. Phylogeny of the genus Aleochara inferred from mitochondrial cytochrome oxidase sequences (Coleoptera: Staphylinidae). Molecular Phylogenetics and Evolution 18(2): 202-216. [ミトコンドリアのDNAから推測されるAleochara属の系統関係]

 

柴田泰利・渡辺泰明, 1985. ハネカクシ科. 上野俊一ほか, 原色日本甲虫図鑑 (II): 261-321. 保育社, 大阪.

 

山本周平, 2009a. 福岡県におけるオオタコゾウムシの記録. 神奈川虫報, (167): 25.

 

山本周平, 2009b. 与那国島におけるハイイロゲンゴロウの記録. ねじればね, (125): 14-15.

 

山本周平・伊藤玲央, 2009. 西表島に侵入したシバオサゾウムシ. 甲虫ニュース, (168): 8.

 

山本周平, 2010a. 「おがさわら丸」船上で採集されたイエシロアリの有翅虫. しろあり, (153): 1-5.

 

山本周平, 2010b. 日本産ヒゲブトハネカクシ亜科ヒゲブトハネカクシ族について. ハネカクシ談話会ニュース, (38): 1-8.

 

山本周平・細石真吾, 2010. アカカミアリ有翅生殖虫の小笠原諸島父島及び日本本土への侵入未遂例. 昆蟲(ニューシリーズ), 13(34): 133-135.

 

Yamamoto, S. & Maruyama, M., 2012. Revision of the seashore-dwelling subgenera Emplenota Casey and Triochara Bernhauer (Coleoptera: Staphylinidae: genus Aleochara) from Japan. Zootaxa, 3517: 1-52.

 

Yamamoto, S. & Maruyama, M., 2013. Revision of the subgenus Coprochara Mulsant & Rey of the genus Aleochara Gravenhorst from Japan (Coleoptera: Staphylinidae: Aleocharinae). Zootaxa3641(3): 201-222.

 

Yamamoto, S., Ikeda, K. & Kamitani, S., 2013. Species diversity and community structure of rove beetles (Coleoptera: Staphylinidae) attracted to dung of sika deer in coniferous forests of southwest Japan. Entomological Science, 17: 52-58. (DOI:10.1111/ens.12036).

 

Last updated: 25 April 2014

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